小笠原母島

 父島から船で2時間ほどのところにあります。東京からの所要時間は実に28時間、ヨーロッパよりも東京から遠い東京都の島です。


 父島と母島を結ぶ船、ははじま丸です。六百トンクラスの船で、台風翌日のこの日は気絶するほど揺れました。


 母島特産の大理石、ロース石で作られた資料館です。内部には母島の民具や歴史資料を展示しています。


 母島簡易郵便局です。農協が運営を受託しています。


 母島では、この頃郵便の個別配達は行われていませんでした。(平成8年頃迄)島民宛ての郵便物は全て写真の郵便受けに留め置かれ、各自取りに来るシステムでした。


 小笠原村役場母島支所です。


 島民の生命線、ヘリポートです。急病人が発生した場合は、水陸両用艇またはヘリが硫黄島の自衛隊基地から飛んできます。


 ははじま丸から港に下ろされたドラム缶です。1週間に使える燃料はここに並べられた分だけで、次の船が来なければ即日常生活に支障をきたすことになるそうです。


 裏山から撮影した母島集落の全景です。


 母島では現在、島の南端にしか集落はありませんが、第二次世界大戦までは北端にも集落があり、北村を形成していました。


 北村跡です。今では原生林にしか見えないこの森の中に、わずか50年前まで人が住み、学校があったといいます。


 無人島の向島です。


 おがさわら丸接続のははじま丸出航日には、父島ほどではありませんが多くの人が見送りに訪れます。この風景をこのアングルから撮るためには、2週間の休暇が必要です。